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2003年11月14日

技術交流会 : 第二回技術交流会報告 

11月12日、第二回目の技術交流会を開催しました。
今回は、15名の参加で、場所はRedwood Shoreにある 
Global Catalyst Partnersの会議室をお借りしました。
会場を提供してくださった大澤様には、この場を借りて
お礼申し上げます。

当日のアジェンダは以下のとおり。 
6:30 ネットワーキング
7:00 スタート、アジェンダ説明
7:05 東原さんプレゼン (プロセッサに関して)
8:00 今後の進め方説明、グループ分け、
     グループワーク(アプリケーション例)
     (時間が許せば、グループワークの発表)
9:30 終了

当日の役割分担
プレゼンター: 東原朋成さん(テンシリカ)
進行、書記: 松宮
受付: 四元さん
会計: 四元さん

以下、当日の議事録です。 時系列に記します。

1) 自己紹介。
今回初参加の方もいて、また若干少人数であったため、
皆さんに自己紹介してもらいました。

2)東原さんプレゼン要約
「究極のPDAの為の究極のCPU?」というタイトルで、
プロセッサにの概要から、最新の動向と、テンシリカの
取り組みも含めて話していただきました。
軽快な語り口と噛み砕いた表現で、専門家でなくても、
かなり理解が進んだのではないでしょうか。
また、参加者の中にも詳しい方々が多くいらしたので、
突っ込んだ質問、コメントも多く出ていました。

プロセッサの性能を決める要素としてのクロックレート、
各アーキテクチャー、データ幅、メモリレーテンシー
等々の説明から、消費電力の話までの概要を説明
頂いたのちに、性能、消費電力の観点から、
究極のCPUとは、自分のシステム要件に一番あった
ものが究極のものであるとしました。
問題は、「そのCPUを自前で作ってはダメ」というのが
印象的でした。 ソフトウェアの開発環境と、
メンテナンスを考えると全くペイしないというのが
その理由。 自分で欲しいプロセッサは自前を
するのが一番なのだけれど、無から作るのではなく、
ある程度の土台が出来上がっている半完成品を
自分の要求に合わせてチューニングしていくのが、
価格性能比、早さともに一番良いという見地です。

会終了後に、プロセッサの専門でない方が、
これから本を買って勉強を始めようという気にさせて
くれたプレゼンだったと話していました。

3)今後の進め方・グループ分け
今後の進め方として、プロトタイプを作る事を今時点の最終目標として、
まずは、グループ分けを行いました。
グループ分けは、機能別。
入出力デバイスグループ、基盤グループ、通信グループの3つです。

グループ毎にこれから、
ー独自のアプリケーションマップを作成、
ー機能、要素技術のまとめ
をやっていただく予定です。
アプリケーションマップは、全員でやった方が良いとも思いましたが、
全員でブレーンストーミング等を行うには時間がかかりすぎると
判断したため、3つのグループで独自にやってもらい、
その後に発表してすり合わせるという形にしました。

各グループには、メーリングリスト等作成してもらい、
独自に活動していただきたいと思います。

各グループリーダー、副リーダー
入出力グループ: 湯浅さん、もざんさん
基盤グループ: 東原さん、佐藤さん
通信グループ: 浦田さん、渡辺さん

今回、参加されなかった方々は、次回参加の折に
いずれかのチームに参加していただく事になります。

うう、熱いディスカッションの内容まで、全部ここに
書けないのが残念です。 是非、参加してくださいね。

以上、第2回 議事録でした。
松宮 博

ご質問、ご要望は、hiroshi_matsumiya@jtpa.orgまで
お願いします。

on 技術交流会 Posted by jtpa at 20:48 | Comments (0)

2003年11月12日

セミナー情報 : JTPAネットワーキングパーティー

日時: 2003年 10月27日 月曜日 18:00 --- 21:00
会場: Ming's http://www.mings.com/
1700 Embarcadero Road, Palo Alto, CA 94303

これまでのセミナーにご参加頂いた方からの「もっと他の参加者の方と知り合いたい」というフィードバックを反映し、「ネットワーキングの集い」を開催しました。約50名の方にお集まり頂き、初めての方も多く活気のあるイベントとなりました。

早い方は受付開始の6時には会場に到着されており、受付のお手伝いまでしていただきました。みなさん最初から盛んに情報交換されていらっしゃいまして、非常に活気がありました。

中盤の食事をとりながらの1分間スピーチでは、出席者全員が自己紹介をしました。ほとんどの方がタイムマネジメントにも成功され、みなさん個性的な自己PRをされていました。


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引き続き、最後の時間はテーブルを離れて更なる情報交換、ネットワーキングの時間。みなさん中盤の自己紹介を経て共通のバックグラウンド、興味を惹かれたトピックなどを会話の糸口に有意義な時間を過ごされていたようです。

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多くの方から、このセミナーに出席してinspirationや元気を得たという好意的なフィードバックを頂きうれしく思います。この輪が次のイベント、online, offlineを通して広がっていきますように。

セミナートピック、要望、セミナーレポート、その他、企画に参加してみたい方は随時募集しております。
今後ともよろしくお願いいたします。

JTPA Seminar 担当 安藤 知華

参加者からのフィードバックとアンケート結果
出席者の方々に書いて頂いたアンケートの集計結果です。
セミナーに対する満足度 (34名解答)
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テーマについて (34名解答)
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本日のセミナーで良かった点・役立った点(フリーアンサー)
- 進行が手際よく進んでよかった
- 上手く運営している、特に問題なし 2
- 知り合いができたのはよかった 2
- 自己紹介(1分間スピーチ) 12
- 時間制限があったこと 3
- ネットワーキングができた(自己紹介)1
- 直接はなしをしなくても参加者のことを知ることができた
- 色々なバックグランドを持った方に会えてよかった 4
- 新たなconnectionができた
- 食事 3
- 少人数で話ができてよかった
- ベットがみつかった
- 時間帯がちょうどよい
- オープンスペースがあってよい
- 会場がわかりやすい

本日のセミナーで改善すべきと思われた点(フリーアンサー)
- 参加者リストに連絡先・e-mailがあるともっとよい
- スピーチの進行をもっとスムーズにできる
- 食事はいらないのでは?
- デザートがほしい
- 立食形式のほうがよいと思う


今後のセミナーに対する要望(フリーアンサー)
- 立ち上げベンチャー紹介
- スタートアップの経験談など
- ミーティングの回数を増やす
- トピックを決めて講演会
- 産学官連携、技術移転と周辺の法律整備、及び習慣バックグラウンドとの関係

その他のご感想・コメント・今日のセミナーを聞いて新たに興味をもったこと
- 共通のテーマでミニシンポジウムをひらく
- いろいろな人がいて楽しかった 3
- 面白い人が多く刺激を受けた
- 別の業界の人がどんな仕事をされているかを知ることができた
- 新鮮な出会いの場に参加できました
- 自己紹介はとても重要
- 名簿を充実させてほしい:一言自己PRを追加するなど
- 新たに会社立ち上げに興味をもった(日本駐在員のコメント)
- 日本で様々なコミュニティに参加してきましたがどの会よりも元気のある会だと思った


上記は、フリーアンサーの回答をカテゴライズしたものです。

■ 参加者の情報
ご職業 (34名解答)

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現在の立場 (33名解答)
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on セミナー情報 Posted by jtpa at 00:13 | Comments (0)

2003年11月05日

技術交流会 : 第二回分科会開催します

第2回 技術交流会は、11月12日です。
カレンダーにチェックして下さいね。

JTPA分科会 「技術交流会」参加者の皆様へ。

Fm: 松宮 博

昨今、急に寒くなってまいりました。
先ほど掃除のおじさんがきて、風邪をひいて一週間休んでたと言ってました。
皆様は、如何お過ごしでしょうか。

分科会2回目の開催日の確認と開催場所のお知らせです。

日時: 11月12日(水曜日) 午後6時半開場、 7時スタート、 9時半まで
場所: 
 Global Catalyst Partners
 255 Shoreline Drive Suite520
Redwood Shores, CA
Direction  http://www.gc-partners.com/html/contact.html

今回は、JTPAのボードメンバーでもある、Global Catalyst Partners 
の大澤さんが場所を提供してくださいました。 
大澤さん、有難うございます。


「準備委員会のお知らせ」
当日のアジェンダについては、今週土曜日に準備委員会を開いて
決定する予定です。
準備委員会を以下のように行いますので、ぶらっと寄ってみては
如何でしょう?

日時: 11月8日(土曜日) 午前11時ー午後1時頃まで
場所: 
 Starbucks Cupertino
 20520A Stevens Creek Blvd
 Cupertino, California 95014
 (408) 973-8358
 Stevens Creek Blvd と De Anza Blvd の角、
 Chevronのガソリンスタンドの裏手です。

それでは、宜しくお願いします。

松宮 博

on 技術交流会 Posted by jtpa at 19:26 | Comments (0)

2003年11月03日

ニュースレター : No.8 2003年11月号

はじめに

JTPAでは、12月1日にMenlo ParkでEnd-of-Year Partyを行います。日ごろお手伝いいただいているボランティアや賛助会員の皆様と、JTPAの中核メンバーとで、今年もまたベイエリアの不景気を乗り切った慰労と懇親を兼ねて、楽しい会にしたいと思っています。

景気といえば、ベイエリアでは、バブル崩壊後下落の一途を辿っていた200万ドルを超すハイエンド住宅市場がまた動き始めたようです。2004年から景気も上向き始めるだろう、という予想に基づいた見越し購買のせいのようですが、全く持って気の早い土地柄です。一方で、SchwarzeneggerがAthertonで買う家を探しているという噂もあり、来年になると、このあたりのレストランでかの有名人家族が食事をしている姿が見受けられるようになるのでしょうか。

なお、ニュースレター編集部では、編集ミーティング参加者を募集中です。次回は11月20日開催予定ですので、興味のある方は下記「6 ニュースレターミーティングへのお誘い」を御覧の上Newsletter@jtpa.orgまでご連絡下さい。

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Contents:
1 インタビュー:Agilent Technologies 松宮博氏
2 インタビュー:Alpha Detail 村山尚武氏
3 セミナー開催報告:ハイテク企業のM&A・ベンチャー投資
4 第一回技術交流会開催報告
5 次回イベント:JTPA End-of-Year Party
6 ニュースレターミーティングへのお誘い

  編集後記
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1 インタビュー:Agilent Technologies 松宮博氏

JTPA ニュースレター、マンスリーインタビュー第2回目に、Agilent Technologiesで、半導体チップの自動計測器(ATE)の開発に携わる松宮氏をお招きし、インタビューしました。

松宮氏は、1つの会社でキャリアを着実に築いてきたスペシャリスト。その間、用意されたレールを歩いてきたわけではなく、アプリケーションエンジニアからアーキテクトへという、ユニークなキャリアをデザインされていらっしゃいます。
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2 インタビュー:Alpha Detail 村山尚武氏

JTPA ニュースレター、マンスリーインタビュー第3回目は、AlphaDetail, Inc.
でBusiness Developmentに携わる村山氏をお招きしました。
村山氏は、日本の銀行員をキャリアの出発点としながらも、スタンフォード大で
のMBA取得を契機にシリコンバレーに残り、戦略コンサルタントの仕事を経て
現在はスタートアップで働かれています。
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3 セミナー開催報告:ハイテク企業のM&A・ベンチャー投資

Lehman BrothersやMerrill Lynchなどのインベストメントバンクで、15年間ハイテク企業のM&Aを手がけ、現在Tomon Partnersを設立してファイナンスの世界でご活躍されている東恵美子氏をお招きし、ハイテク企業におけるファイナンシャルプロフェッショナルの役割と、経営に及ぼす影響についてお話を伺いました。約50名の方にお集まりいただきました。
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4 第一回技術交流会開催報告

「シリコンバレーで働く・働きたいプロフェッショナルに対して、技術的知識の向上や手助けをする、あるいはトリガーとなる。さらに、人的ネットワーク構築の環境を提供する」ことを目的に技術交流会を開始、10月22日第一回の会合を開催しました。

具体的には、参加者の技術的興味分野をほとんどカバーするテーマとして「最強のPDAをつくる」を交流会の目的とします。今後開催する交流会では、最強のPDA作りに必要な要素技術を学び・理解し、参加者が幅広い技術領域を理解できるようにする予定です。
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5 次回イベント:JTPA End-of-Year Party

JTPAでは、推進メンバー、ボランティア、賛助会員の皆様を対象に、懇親を兼ねた「2003 End-of-Year Party」を2003年12月1日に開催予定です。まだ賛助会員になっていらっしゃらない方で、ご興味のある方はこれを機会にどうぞ。詳細は追ってメーリングリストにご連絡します。
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6 ニュースレター ミーティングへのお誘い

ニュースレターは「シリコンバレーのテクノロジー業界で活躍するプロフェッショナルの情報共有」、そして「日本在住エンジニアをインスパイアすること」を目的としています。シリコンバレー在住の日本人にスポットをあてて、キャリアアップの秘訣、エンジニアの思い、転職虎の巻、英語失敗談などなど、幅広い事項をニュースにして情報発信しています。

あなたも一記者となって一緒にこのニュースレターを綴ってみませんか?
ご興味のある方は茂山編集長までご連絡ください。お待ちしております。

(参加者のメリット)
・記事を「本」にして出版する計画です。あなたの書いた記事が出版されるかも。
・夕食、ドリンク付で楽しくワイワイ行っております。ネットワークもできます。

次回のニュースレターミーティング開催予定日
日時)11月20日(木)19:00-21:00
場所) Palo Alto周辺
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編集後記 by 編集長 戸谷茂山

秋が来ました!

これから雨季に入る12月までがサンフランシスコ・ベイ・エリアの最高の季節です。海からの湿気は夏に比べて少なくなるので、夏によく見た霧の日が少なくなります。加えて昼は暑く、夜は涼しいという、とても過ごしやすくなるのがこの時期の特徴です。多少雨や曇りの日が多くなるのもこれからです。先週から北からの寒気のおかげでぐっと気温が下がり、より秋らしい雰囲気が出てきたベイエリアです。

私にとってこの季節が特に嬉しいのは、これがフットボールのシーズンだということです。

アメリカのカレッジ・フットボールは日本の高校野球並みの盛り上がりぶりで、ファンは毎週末の試合が待ちきれません。ベイ・エリアのスタンフォードとUCバークレーはPAC-10という西海岸のリーグに属し、それぞれ優秀なフットボールチームを誇ります。大学フットボールにしても、プロ・フットボールにしても、直接スタジアムに試合を見に行くのが最高なのは当然ですが、友人宅に集まって、庭でバーベキューをしてビールを飲みながら、わいわいとテレビで試合を見るという習慣も楽しいものです。


質問は編集部newsletter@jtpa.orgまでどうぞ。

JTPAでは、わたしたちの活動に興味を持つ方々にとって役立つシリコンバレーの情報をお届けするために、ニュースレターを発刊することに致しました。JTPAの細かい活動報告を行うと同時に、シリコンバレーでプロフェッショナルとして成長していこうと思われる皆様をつなぐ役割を果たしたいと考えております。

(c) 2003 Japan Technology Professional Association. All Rights Reserved

on ニュースレター Posted by jtpa at 13:24 | Comments (0)

2003年11月02日

インタビュー : 村山 尚武氏

2003年10月16日
JTPA ニュースレター、マンスリーインタビュー第3回目は、シリコンバレーのベンチャーでBusiness Developmentに携わる村山氏をお招きしました。
村山氏は、日本の銀行員をキャリアの出発点としながらも、スタンフォード大で
のMBA取得を契機にシリコンバレーに残り、戦略コンサルタントの仕事を経て
現在はスタートアップで働かれています。

(インタビューア、以下I)今回は「文系代表」としてシリコンバレーでご活躍され
ている村山さんにお話を伺います。よろしくお願いいたします。まずはじめに、今のお仕事について教えてください。

(村山氏、以下M)私はシリコンバレーのあるベンチャーで、Director of Business
Developmentをつとめています。会社は製薬、バイオテクノロジー、メディカルデバイスといった業界に対し、インターネットを活用した様々なマーケティングソリューションを提供しています。社員は20数名ですが、年内には30名近くに拡大する勢いです。CEO直属で、他企業との提携や様々な外部のベンダーとの提携関係作りと交渉をするというのがメインの仕事ですが、その他にも「遊軍」として「重要だがスタートアップなのでフルタイムの担当を貼付ける事のできない仕事」を火消し職人のように手掛けています。(笑)

(I)はじめてシリコンバレーにこられたきっかけは何だったのでしょうか?村山さんは経済学部出身で、しかも日本では銀行員だったというシリコンバレーのプロフェッショナルとしては数少ないバックグラウンドなので、非常に興味深いです。

(M)「なんで君みたいなのが?」とよく言われます。(笑)そうですね、そもそもの出発点はスタンフォードに来るよりずっと前、親の転勤で幼稚園から小学校低学年までをアメリカで過ごした後、まるで初めての外国のように日本の生活を経験したことにあると思います。「帰国子女」という言葉もまだ無い頃でした。その時の体験については以前ニュースレターに寄稿させていただいた「アメリカの小学校」というコラムに書いたのですが、そのときのトラウマ(笑)で「大人になったらまたアメリカに行く」と思うようになりました。とはいえ、中学・高校・大学と普通に日本の学校に行って、留学などはあまり考えなかったあたり、さほど強い想いではなかったようです。(笑)

大学を卒業した時はバブル経済の頂点で、あまり深く考えずに銀行員になってしまったのですが、その理由も、恥を忍んで申し上げれば、「これから日本は金融大国となるから、金融機関に入れば海外に積極的に出してもらえる」といった他力本願のようなものでした。そんな不純な動機だったので、罰があたったのでしょう。(笑)最初の仕事は窓口で「金融債」なるものを売る仕事でした。最初は「いらっしゃいませ」に始まる接客、札勘、駅前でのティッシュ配りといった内容でしたが、上司も「こいつには向かない」と思ったのでしょう。途中から部内の事務企画的な仕事に代わり、窓口業務フローの改善や部内の組織変更といった仕事をしました。

そうこうしている内に、同期入行の仲間には銀行の派遣制度でビジネススクールに行く人もぼつぼつ出始めました。私も入行時点から留学したいと思っていたのですが、私は2年目で異動していたので、なかなか選抜試験を受ける事ができず、やっと受けた一回目も落ちてしまいました。ただ、その異動した先での経験がなければ、留学していたとしても今の人生は歩んでいないような気がします。

なぜかと言えば、異動した部署で、外国の金融機関や世界銀行などの証券発行体と仕事をするようになり、しかもそのビジネスが銀行内ではマイナーなビジネスだったので、結果的に自分のニッチを作る事ができ、若造ではありましたが銀行を代表して海外のビジネスマンとやりとりをする経験を得る事ができたからです。その結果、海外の証券市場や企業活動につきいろいろ学ぶ事ができ、また「子供の時に身に付けた幼稚な英語でも、ビジネスってできるもんだな」という妙な自信を得ることができました。さらに、たぶんこれが決定的だったのですが、私の業務はITなくしては成立しないものだったので、ユーザー代表としてコンピューターシステムの構築にも関わることができました。そこで、ITによるビジネスや生活の変革可能性に非常に強い関心を抱くようになりました。特に決め手になったのが、その時であったとある米国の銀行のバイスプレジデントが言った「金融というのは情報処理産業だ」という発言です。
それまでシステムは業務の自動化をするための道具と思っていたのですが、ITの活用によってそれまでできなかったことができるかもしれない、などと思うようになりました。

ずいぶん長い前置きなのですが、そんな背景があったため、いざ派遣留学生の試験に受かったところで、自分はいわゆる「金融のプロ」を目指すのではなく、シリコンバレーに近いスタンフォード大学に行き、ビジネスにおけるITの活用の仕方を学ぼうと思ったのです。ビジネススクールのアプリケーションエッセイにもそういうことを書いたのですが、当時日本の銀行員でそんなことを志望動機にした奴は珍しかったのでしょう。入れてもらえました。だから、銀行内での仕事の回り道がなければ、今日ここにはいないと思います。

(I)なるほど。それがシリコンバレーに来られたきっかけだった訳ですね。 そうして留学され、MBAを取得すると同時に派遣元の銀行を辞められ、アメリカに単身残る決意をされた訳ですが、それは大変大きな決断でしたね。

(M)はい。小心者の私としては生涯最大の決断でありました。(笑)言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、最初ビジネススクールに入学した時点では辞めるなどということは全く考えていませんでした。翳りは見えていたと思いますが、私のいた銀行は凄い人の一杯いる、まだまだ良い組織でしたから。だからこそ辞める決心をするまでは大変悩みました。同級生に「村山君あの頃暗かったね」と今も言われるぐらいですので推して知るべしですね。(笑)

ここでも何か素晴らしい理由があれば良いのですが、本当のところ、辞めようと思った動機は、とっても個人的かつ青臭いものです。私がスタンフォードに在学していた1994年―1996年という時期は、インターネットを軸に何か「新しいこと、大きなことが起きそうだ」、というのが毎日感じられ、そんな中で起業を志す同級生、他の業界からIT関連の業界に移る同級生が数多くいる、といった状況でした。そんな中で、「自分で選ぶ人生」を生きるって良いなあ…と思うようになったこと、「金融」に興味が薄れ、むしろ「経営」に興味を持つようになったこと、テクノロジーを使って何かを生み出すってなんて素晴らしいんだ、という思い、そして子供の時に植え付けられた「人と違う事をしたい」という欲求。あとは、こんな海も山も近くにあって、閉
塞感の無い環境で暮らしたい、という気持ち。これが実は一番大きかったかもしれません。(笑)

今にして思うと、こんな程度の理由で良く人生をリセットしようと思ったものです。(笑)でも「リセット」というのは大きいかもしれません。それまであんまり人生とかキャリアについて考えずに「何となく」生きて来た自分が恥ずかしくなって、「ここでやりなおそう」と思ったのでしょう。ただ、本当に覚悟を決めるまでは物凄く悩みました。アメリカで自分が本当に通用するのか、銀行の友人を失うのではないか、といったことにつき毎晩考え、結局卒業式の翌々日まで悩んでいたのですが、最後は「ここで断念したら一生後悔する」「ダメでも命まで取られる訳じゃ無い」と自分に言い聞かせ、踏み切りました。

そんないいかげんな動機でも私を励まし、支えてくれたビジネススクールの友人、教授、そしてスタッフの人達がいたことは非常に恵まれていたと思います。

(I)そしてシリコンバレーで就職されたわけですね。米国企業へ就職するのは大変だったのではないですか?

(M)そうですね。当時私はなんとかしてテクノロジー関連の企業に就職したいと思っていたのですが、今の不景気以上に、その頃のシリコンバレーはエンジニア出身でもなく、しかもアメリカで働いた事もなければ、市民権も永住権も無い外国人が就職するのは難しい状況でした。面接に行って「何で君みたいな人が?」と聞かれればはましなほうで、レジュメを送っても無視される、ことが殆どでした。そのときはつくづく日本の銀行員ってつぶしが効かないんだな、と思いましたが、今思うと私が無謀なことをしていただけなのですね。(笑)レジュメだって日本の説明しにくい銀行業務の話しか書いていなかったわけですから。本当、無謀にも程がある。(笑)

そんな中で、コンサルティング会社だけは多少なりとも相手にしてくれたので、「いきなりシリコンバレーの会社に入れないなら、アメリカの企業を顧客とするコンサルティング会社に入って、実績を作り、機会を待とう」と考えました。それも大手だと日本支社のポジションになってしまうので、リスクは高いかもしれないが、中堅以下の「ブティック」と呼ばれる類いのコンサルティング会社を目指しました。それで最初の職場を見つけた訳です。それから6年かかって、転職1回と失業1回を経て、やっと今、卒業時に憧れていたような仕事をしています。

(I)村山さんの経歴を振り返りますと、金融~コンサルティング~製薬・バイオ業界相手のスタートアップのと多岐に渡っておられます。MBAを取得されているとはいえ、多業種で活躍されるのは大変ではないですか?

(M)「コンサルタントの時にはハイテク、バイオ、自動車、クレジットカードなどの消費者金融、プライベートエクイティ、スナック菓子、レンタルビデオチェーンのお客さんの仕事をしたのでいろんな業界を渡り歩いたことになります。

専門分野を究める」のがプロの定義なら、私はアマチュアの見本です。だからあんまり偉くもならないままここまで来ています。このインタビューも、JTPAの皆さんには反面教師として読んでもらった方が良いかもしれない。(笑)本当に載せるの?

ここまでなんとかやってこれたのは、ランダムな好奇心と想像力、どんな地道な仕事でも面白がってできること、「MBAだから」と気負わないことでここまで来たような気がします。適応能力があるというよりは、どんな場面でもマイペースでいられる、といったのが理由でしょう。あとは、クイックラーニングとでもいいましょうか。コンサルティングで違う業界の仕事をするときに、インターネットやら雑誌やらを集中的に読んで大掴みに理解するのは上手になりました。もともと興味のあることはマニアックに「知る」のが好きなので、最新の技術動向などは仕事は関係なく追っかけています。少々片寄りはありますが。(笑)

もうちょっと真面目なことを言えば、仕事の目的を考え、それを実現するための最適な経路を考え、それを一緒に働く人にコミュニケートする、ということはわりとできる方かな、と思います。スキルらしいスキルはそんなもんでしょう。面白いもので、このスキルは中学、高校での文化祭への参加、大学のゼミ活動運営で使い始め、銀行で仕事として学んだことがベースになっているような気がします。MBAで学んだ事は、それら経験で身に付けたことをより広いオーディエンスに適用するのに役立っているのかな、と思います。

(I)さて、時間もなくなってきましたので、村山さんの今後の目標を聞かせていただけますか?

(M)これまたカッコイイ答えはできません。(笑)最近気が付いたのですが、今の自分は、ビジネススクールにいたときに「夢」だと思っていたことを形の上では実現しています。アメリカに残る事。永住権をとる事。アメリカ人と一緒にアメリカ国内でプロフェッショナルの仕事をすること。そこで「now what?」と思ってしまいました。「Self-Reinvention」という言葉があるのですが、これまで私は色んな人、色んな機会との出会いを通じて、ある種opportunisticに何度も自分をreinventすることはできたと思っています。ただ、それが何に向かっているのかが確固としているわけではありません。ただ、今の仕事を非常に面白がりながらできていて、何がしかの貢献もできているというのは、自分が漠然とではありながらも持っている指向性とのアラインメントが取れているからだと思います。

何だか韜晦じみてしまいましたが、今はこんなところで勘弁してください。

(I)では最後に日本にいる皆さんに、そしてシリコンバレーで活躍中の日本人の皆さ
んに何かメッセージをお願いできますでしょうか。

(M)決して私を参考にしないように。(笑)私はそれなりに面白がりながら生きてい
るつもりですが、決してお勧めできる生き方ではないと思っています。

「自分がどんな時代に生まれるかは決められない。自分に決められるのは、自分に与えられた時間をどう過ごすかだけ。」というのは「Lord of The Rings」にあったセリフを引用してカッコ良く締めくくろうかな、とも思ったのですが、柄じゃないですね。

「ダメでも命まで取られる訳じゃ無い」とだけ言わせてください。

(I)あと一歩何かに踏み出せない人もたくさんいますが、村山さんのお話は そんな人達に勇気とチャレンジ精神を与えてくれるのではないでしょうか。本日はお忙しい中、長い間ありがとうございました。

(M)本当にこれ使うの?それはさておき、こちらこそありがとうございました。

on インタビュー Posted by jtpa at 01:13 | Comments (0)