シリコンバレーには少しずつ景気が回復してきている兆しが見られてきました。しかし、労働賃金が比較的安いアジアへ雇用がシフトしつつあり、一部のメディアでは『雇用なき景気回復』とも題される程で、エンジニアにとってここシリコンバレーで職を維持することの難しさを痛感させられる今日です。 本日はそんな厳しい雇用環境下でありながら、シリコンバレーで逞しくご活躍されている東原朋成さんhttps://www.jtpa.org/interview/000111.htmlをお招きし、シリコンバレーでネットワークを築く秘訣について編集部において議論を行いました。


シリコンバレーでは職を探すには『ネットワーク』が大切であると良く耳にします。簡単に言ってしまえば、「人脈」であると思うのですが、日本とアメリカではそのネットワークの捉え方に違いがあるように感じられます。日本ではネットワークといっても「知り合い」や「友人」という意味で表現されることが多く感じられますが、ここシリコンバレーではもっと深いつながりを意味しています。日本のネットワーキングは友達の輪以上のものにはなりませんが、シリコンバレーでは個人の紹介や、推薦によって職を得るのが一般的であるといって過言ではありません。
日本の会社で採用に関する決定権を握るのはあくまでも人事であって、マネージャーではありません。とある会社の常務レベルの人と話をしていて気に入られ、相手が「採用したい」と言ってきても、結局はその会社の人事による一般用の採用試験を受けなくてはいけなかったという話さえあります。アメリカの人事は人事に関する情報処理という「人事の端末事務」が仕事であって、採用について決定権を持ちません。アメリカのマネージャーは多くの日本の管理職とは異なり、採用権をもっていることが多く、人材の発掘から、採用までをマネージャー自身が行うことも少なくありません。さて、全く知らない人を採用することはリスクが高いので、採用するサイドもネットワークをもとにより良い人材を探す訳です。元同僚や知人のつてをもとに探すのが最初のステップです。ですからやはりネットワークがものを言うのです。
〇〇社の■■さんというような、組織に属する個人ではなく、一人の人間としての『個人』対『個人』の関係がシリコンバレーではとても重要なのです。日本人の駐在員の妻達の間で階級社会があるといわれます。これは、駐在員達が、自分の会社と自分を同一化して考えるという日本式の社会文化があるからです。集団の中の個人意識と一人の人間としての個人意識、その意識の差が、日本とアメリカでネットワークを考える上での大きな違いといえるのだと思います。それ故『誰』と付き合いがあるかはとても大切なことなのです。
日本と違い、アメリカでは自分の上司だった人が自分の会社の下請けで働いていることなども多々あります。下請けのメーカーの社員だった人が次の月に自分の部署の上司になっていることもあるくらいです。これは上記の「個人」に重きをおくアメリカ社会の象徴です。だから、誰にでも誠意ある態度であたり、良い関係をいつも築いておくのが大事なのです。評判が自分の出世や転職を妨げることになっては困りますから。日本では下請けイジメなどがありますが、米国ではそれを絶対にやってはいけません。コミュニケーションも大事です。留守中に電話を貰ったらら、必ず一日以内に電話をするなどのマナーも信頼を築く方法です。
確実なネットワーキングには二通りの方法があります。仕事をした元同僚を当るか、リクルーターを使うかです。仕事を通じてネットワーキングを創り上げることはとても実際的です。一緒に働いたことのある人達は、元同僚ですが、単なる元同僚で終わりません。共に働いた経緯があるからこそ生まれた信頼関係のある『この人』、という人達です。まず自分が誰が探している時、最初に候補になるのは元同僚達です。人の推薦で人を見つけるのは想像以上に大変なことなのです。
リクルーターは、自分が以前に世話になったヘッドハンターを使います。このヘッドハンターは、以前にヘッドハンティングした自分を財産だと考え、大事に扱ってくれます。ヘッドハンティングした人間が移った先で結果を見せていることは、自分の評判にも響くからです。良いリクルーター、悪いリクルーターは質問してくる内容で分かります。良いリクルーターは的の得た良い質問を多くしてきます。質問が少ないリクルーターは本気で人を探しているとはいえません。リクルーターは不動産屋に似ているといわれます。我々は不動産と同じような「商品」なのです。
もっと広い意味でネットワーキングの始め方を考えると、まずは知り合いを増やすことに始まります。ネットワーキングパーティーでは、3タイプの人と知り合えといわれます。1)自分に利益をもたらす人。2)自分の製品、技能を買ってくれる人を紹介してくれる人。3)自分の情報収集に役に立つ人。この3タイプに注目すれば、有用なネットワークにつながる可能性があります。実際にネットワーキング・パーティで出会った人から大きな仕事を貰うことになったような例もあるからです。
最近登場して来たのが、https://www.linkedin.com/のようなインターネットを利用したネットワーキング・ツールです。このウェブサイトでは、自分から知人を通じて拡がるネットワーキングを「見る」ことが出来ます。例えば、自分がどうしてもコンタクトを取りたかった会社で働く人が自分の知人を通じたところたったの2Degreeの関係であることに気づくこともあります。まだ若いウェブサイトですので、発展途中の感がありますが、潜在的な可能性はとても大きそうです。
加えて、最近は個人でBlogを持っている人も増えています。このBlogも戦略的に自分のPR用にデザインすれば、自分を良く知ってもらうのに役立つかもしれません。レジュメに自分のBlogのアドレスが書いてあれば、本気で採用を考えている人なら必ず見てくれるはず。
ここアメリカは職を見つける時には面接だけでなく、『レファレンス』というものがとても重要になってきます。レファレンスとは自分のことを良く知っている第三者に、職を得たい会社に推薦や証明をしてもらう仕組みです。レファレンスは通常は三通提出するのが慣わしです。そのため、レファレンスを頼む知人を常に3人キープしています。毎月必ずメールをして連絡をとっていますし、定期的にランチにも誘って交流をはかるもの必要です。彼らは決まったコンファレンスに参加する習性がありますから、そういった特定のコンファレンスには積極的に参加する必要もあります。彼らの連絡先ももちろん定期的にアップデートも忘れないように。連絡が取れなくなってしまっては大変ですから。レファレンスが必要になってから必死になって居場所を探す始末になっては困ります。
レファレンスは自分を一番知っている人に用意してもらうのが常です。もちろん「ビッグネーム」にレファレンスを書いてもらえば強みになりますが、その人が自分のことを良く理解しているのが大事です。日本人で過去にコネを利用して、自分が一度も会ったことが無い当時の総理大臣に推薦文を書いてもらって米国の大学に提出したという笑い話がありました。
非常に計画的・戦略的にネットワークを築く努力が必要です。特別に戦略的に動いているな人達もいます。たとえばインド系の人達です。ある会社のインド系のエンジニア達のネットワークの構築力や職探しのエネルギーには驚かされます。彼らはお昼11時半頃になるとさっと席を立ち、お決まりのレストランに集合して、シリコンインディア(http://www.siliconindia.com/)という雑誌を皆で読みながら、転職のチャンスを伺ったり、情報交換をするなどとても熱心なようです。またあるエンジニアの知人は高いお金は掛かるけれども、無理してでも子供達を必ず名門学校に通わせるそうです。理由は3つあって、一つは子供達に高い教育を受けさせること。これはごくごく自然な発想ですね。しかし残りの2つの理由がとてもユニークで、子供達に良質なネットワークを幼い頃から築かせてあげること。そしてなにより、子供の親同士で良質なネットワークを築ける点だそうです。正に計画的かつ戦略的ネットワークです。インド人に限らず、あるエンジニアは自分の子供を無理やり高級住宅地の私立小学校に入れています。このPTA会には、自分の会社のVIPが沢山おり、子供を学校に入れた本来の理由は、PTAを通じて自分の社内でのネットワークを広げる目的があったのです。
もちろん言うまでも無く、仕事を見つけるには実力が最も大切です。またその実力をアピールするレジュメ(履歴書)がとても重要になってきます。いずれにせよ、人よりも少し能力が高いだけではここシリコンバレーではもはや職を得ることは難しいのです。実力があって、さらにそれをアピールでき、ネットワークをもってして始めて職を得るための道が開けるのです。レジュメのアップデートを怠ってはいけません。レジュメも一種類とは限りません。例えば、自分の職種にもよりますが、東原さんの場合は、エンジニア用、マネージャー用、そして日本へ進出を考えている米国企業向け用のレジュメの3種類のレジュメを常に用意しています。聞くところによるとアメリカでは相当地位の高いマネージャーでもレジュメを日々更新しているそうです。それほどレジュメによるアピールが大切なのですね。書き方としては、『何ができる』という表現ではなく、私は『あのプロジェクトでこれをやり遂げた』という実績をアピールすることが大切です。あとこれは余談になりますが、趣味の欄も十分に活用して、読み手を惹き付けるものがあると良いでしょうね。『合気道で黒帯を持っている』とか、『茶道』なんて書くと、ここアメリカでは受けがいいかもしれません。読み手が合気道をやっていて、黒帯をまだ持っていなかったりしたらなおさらです。きっと尊敬されてしまうことでしょう。
組織の中の個人ではなく、自分が一人の個人でしかないという意識がまず大事であることを強調しておきます。そして、個人である自分という商品の価値、つまり実力を磨き、そして、戦略的に日々豆にネットワークを築いていくことが米国でサバイバルするのにはとても大切なのです。
2004年1月5日