エンジニアでもセールスでも、それ以外のどんなビジネスでも、「天才的能力」もしくは「天才的ツキ」に恵まれた人だったら、学位など全く必要ない。しかし、そうではない人間にとって、アメリカのビジネス社会ではマスター以上の学位はかなり重要。シリコンバレーのハイテク企業に限って言えば、「必須」といっても過言ではない。中でも、純粋なエンジニアリング・サイエンス関係ではなく、マネジメント系のパスを選ぶのであればMBAが有効となる。


例えばeBayのマネジメントのページを見ても、CEOのMeg WhitmanのHarvard MBAを始め8人中5人がMBAだ。とはいうものの、eBay規模の大手企業だとトップも年齢層があがり、様々なキャリアパスで実績をあげてた人がいるため、MBA割合も低くなる傾向がある。しかし、スタートアップでは、もっと明白に上位校のMBAがトップを占める傾向が強い。例えば75万ドルという小額の増資をしただけのOpentable.com。マネジメントページに名前を連ねる5名のうち、4名がMBA、うち3名はハーバード、スタンフォード、ノースウェスタン、となっている。それ以外でも、これはと思う企業のサイトで、About(企業名)という企業紹介のページに行き、managementなどと書かれたページを見て欲しい。そのほとんどが学歴を明記してあり(ということ自体、アメリカの学歴社会を物語っているのだが)、そのMBA比率はかなり高いはずだ。
MBAといっても何千校もの学校が発行する学位であり、その内容はさまざまなのだが、今回はシリコンバレーの只中にあるスタンフォードのMBAについて、97年に同校を卒業した筆者がその成り立ちを紹介する。
1. スタンフォード・ビジネススクール基礎データ
そもそもスタンフォードのビジネススクールとはどんなところか。データで追ってみる。
■ 学生数は少ない。普通のマスター(つまりMaster of Business Administration(MBA)を取得するコース)を見ると1学年370人ほどで、ハーバードなどは1学年1000人前後いるから、その3分の1だ。
2年間のMBAプログラム:740名
1年間の中堅管理職向けMBAプログラム:48名
Ph.D.プログラム:100名
■ 教える側のFacultyはたくさんいる。生徒7-8人に一人の割合だ。
125名
■ さらに学校側が発行している “2001 Employment Report”(http://www.gsb.stanford.edu/cmc/reports/report01.html) によれば、その中身はこんな風になっている。倍率は20倍を切っていて割と低い、男女比は2対1、比アメリカ国籍は3割強(といっても、実は子供の頃からアメリカ育ち、少なくとも大学からずっとアメリカ、という人が多く、本当に外国から直接やってくる人は少ない。多分1学年20人を下回るのではないか。)平均5年の勤務経験があり、大学で理工系を専攻した人は4割、既に他のマスターをもっている人が2割、となっている。
応募者数 6,606人
1学年総数 365人
女性 29%
非アメリカ国籍 35%
平均職務経験 5年
入学時の平均年齢 26歳
大学での専攻 理工系 38%
他のマスター保持者 20%
■ 2年間行くのに相当な費用がかかるのがアメリカのMBAの怖いところ。授業料に教科書代と生活費を加えると、2年間で約11万ドルかかる。MBAに行く前の平均年収は前述の2001 Employment Reportによれば7万5千ドルということで、学校に通うため働けない2年分の機会損失が15万ドル。ということで、計26万ドル、3000万円かかる計算になる。(会社勤めを続けていても生活費はかかるので、その分のダブルカウントを除くと、22万ドル、約2500万円となる) 企業スポンサーによる奨学金がたくさんあって、基本的にはほぼ無料でマスターやPhDが取れることの多い理系の学位と違って、自腹で学費を捻出するのが普通なのがビジネススクール。家一軒買うくらいの経済的決断となるのである。(税金をどう考えるかによって、機会損失の大きさは異なるが、大金であることには変わりない)
一方で、MBA後の収入の平均は14万5千ドルで、MBA前と比べて収入は7万ドルアップする計算になる。機会損失を入れた経費26万ドルを7万ドルで割ると3.7。ということで、ごく平均的な人は4年弱で元が取れることになる。とはいうものの、2001年の例で見ると卒業直後は入学前に比べて年収が下がったとする生徒も15%いて、ビジネススクールに行ったからといって必ずしもすぐにばら色の未来が開けるわけではなく、ある意味リスキーな賭けでもある。
独身学生一人当たり年間費用 学費 33,300ドル
教材費 2,205ドル
生活費 18,530ドル
計 53,835ドル (約650万円)
平均年収 Pre MBA 75,000ドル (約900万円)
Post MBA 145,000ドル (約1,740万円)
2. MBAの意義
働き盛りの2年間を費やし、大きな経済的犠牲を払ってまで、なぜMBAをとろうとする人がいるのか。
1) 勉強自体が役に立つ
「勉強しました」というのが「格好悪い」こともあり、あまり多くの人が言わなかったりするのだが、実は役に立つ。少なくとも理系の大学を出て、かつ体系だった知識より丁稚奉公的な努力が求められる仕事(商社の営業)をしていた私には、学ぶべきものがたくさんあった。先生側も「研究の片手間に教える」という感じではなく、教えるということに気合が入っており、エンテーターティニングな授業をしてくれる。しかも教えるスピードも非常に速いので、展開の速いハリウッド映画のようにエキサイティングで楽しめる。
2) 人生を考える時間をとれる
就職して4-5年も働くと、誰もが「このままでいいのだろうか」「この先どうして行こうか」というようなことを考えると思う。MBAは、そこでいったん2年間というまとまった時間仕事を休んで、その後の人生を考える「猶予期間」でもある。最初からビジネススクールに行くことを大学卒業時に計画している人も多い。ウォールストリートのインベストメント・バンカーは入社2、3年で全員がトップのビジネススクールを受ける、とも言われるほど。全員というのは誇張だとは思うが、インベストメント・バンク側でも、社内でビジネススクール進学説明会を開いたりする程度には普遍的なキャリアパスのようだ。
3) エントリー切符を手に入れる
冒頭にも書いたとおり、シリコンバレーでは、スタートアップといえどもマスター以上の学歴を持った人が大半。もちろん、学歴がなくても能力を発揮すれば報われるが、能力を発揮できる場に入り込む手段として学歴は有効な手段となる。MBAのハイテク企業でのエントリーポジションとして多いのが、プロダクト・マネジメント、プロダクト・マーケティングといった職種。これは、マーケティングとエンジニアリングの架け橋として、市場要求を製品仕様に落とし込む仕事で、事業の多くの側面を理解する必要があるもの。特に元々技術系の人が、さらにMBAを取得したあと、これを基点にハイテク企業でのキャリアを構築していくことが多い。もちろん、ハイテク企業以外でも、MBAの伝統的職場であるコンサルティング、インベストメントバンクでは、MBAがひしめいており、学校で就職面接をして、そのまま入社という流れもある。
4) ネットワーク
上記3つにまして重要なのが、ビジネススクールで得られるネットワーク。これについては、次回のニュースレターでお送りします。それ以外でも、MBAについて質問があればchika@jtpa.orgまでお寄せ下さい。