最近着実に伸びているバイオ業界で日本人の先駆けとして起業を経験した金島さんが感じた、シリコンバレーの現状や日本との研究環境の違いについてお話していただきました。また、バイオに限らず日本とシリコンバレーにおける、考え方の違い、強み弱みなどについても伺いました。

プロファイル

名古屋大学医学部で第一病理助手を務めた後休職し、Stanford大学の客員研究員となる。研究室で開発した技術をもとに教授がシステミックス社を設立する際に、創設者グループのひとりとして参加。システミックス社が売却されたのを契機にセミリタイアし、現在はバイオメディカル・コンサルタントとして各方面で活躍中。

インタビュー

Q: 大学の研究からベンチャー企業に入って経験できたことは何ですか?
A: バイオベンチャーがどのように資金を集めて開発をし、どのように成長していくかを体験することができました。また技術の面では大学でやる研究というのは研究のための研究なのですが、システミックスではどういうデータが出れば次のお金がもらえるかを考えました。そういう意味でビジネスと研究が密接にからみながら発展していくベンチャーのダイナミズムを強く感じましたね。
Q: システミックス社を辞めたあともシリコンバレーに残った理由は何ですか?
A: 日本に帰って教授になることもできましたがそれはやりたくありませんでした。僕は研究をどうビジネスに結びつけるかを体験してきましたが、日本にそれが分かる人は少ないので、それならニーズもあるだろうから、コンサルタントとしてやっていこうと思いました。加えて、ここにいてシリコンバレーの生の情報を収集してそれを日本に発信するのが良いだろうと考えたんです。それに基本的に僕はここが好きですしね。
Q: 話は戻ってしまうのですが、なぜStanford大学を選んだのですか?
A: 来る前はここの大学がベンチャーで有名だという事は知りませんでした。ただ純粋に自分のやりたい研究をやっている有名な教授がここにいたから来ました。だからその時は他の日本人の先輩がそうしていたように2〜3年経ったら日本に帰って助教授、教授となるんだと漠然と思っていました。
Q: こちらに来て苦労した事は何ですか?
A: 一番は英語ですね、日本でも短時間でしたらネイティブスピーカーとディスカッションをしていましたが、こちらにきて結構苦労しました、特に聞く事と話す事が。研究室の中で研究の内容でしたらゆっくり話してもらう事で何とかコミュニケーションを取れたので大丈夫だったのですが、プレゼンテーションやディスカッションはとにかく大変でした。でも仕事の内容は好きな事だったので楽しかったですよ。それに2年くらいしたら大分分かってきましたし。
Q: 研究環境は日本とStanfordでは違いますか?
A: これは違いますね。ドクターコースの学生はもうセミプロだと思うのですが、日本では一人前として扱ってはもらえません。教授の実験助手というのでしょうか、言い方は悪いですが、一つのコマでしかありません。こちらでは良いデータが出ないと研究費がもらえず、研究室を閉じなくてはならなくなるので、教授自身が学生を一人前にしようと必死です。研究室の方向性はありますが良いアイデアがあればどんどんやって良いのです。とにかく良い研究を進めてゆくことへの緊張感がありますね。日本は定期的にお金が入る仕組みになっているのでその点でのモチベーションが違いますね。
Q: スピードも変わってくるという事ですか?
A: そうですね、ここではスピードを求められますね。その分長い期間を要するようねプロジェクトはやりにくいです。日本はその面では良いと思います。
Q: 他には何か異なる点はありますか?
A: 僕は日本にいるとき助手をしていたのですが、助手の研究以外の雑務が多過ぎですね。会議だとか研究室内でのお金の計算だとか。これでは若い人の才能が駄目になってしまいますよ。ここでは事務的な仕事は全てプロのアシスタントを雇ってやってもらっています。そうすることで研究者は研究に専念できます。
Q: 研究環境が急激に変わっても最初から良いと思いましたか?
A: アメリカが研究しやすいところだということは知っていました。こちらに来ても確かにその通りだと思いました。良い結果を出さなければというプレッシャーも少しはありましたが、生き生きと研究ができました。こちらに来た人は大抵そう思っているのではないでしょうか。
Q: Ph.D.は必要だと思いますか?
A: まずCEOのようにマネージメントになるならPh.D.は必要ないと思います。特にバイオ分野でPh.D.を取るには時間的な投資が大きすぎます。一方エンジニアの立場なら業種に拠りますが、バイオならPh.D.は必要ですね。ITの分野だったらmasterで十分だと思います。ただ、技術の専門性を持とうと思うなら少なくともmasterは持っていないとキャリアのアップのしようがないです。更にPh.D.までストレートで行って取るより一度社会に出てから、何故Ph.D.が必要かのmotivationを上げてきた人の方が受け入れられやすいようですね。
Q: 日本におけるPh.D.とアメリカにおけるPh.D.は同じだと思いますか?
A: アメリカのPh.D.の方がレベルは高いと思います。日本ではある年数いたら取れるような仕組みになっていますよね。論文の質はそこまで求められないというのでしょうか。ここでは厳しいので、途中でdrop outする人が半分位います。普通は7〜8年かかりますし。ですが日本のPh.D.でも同じPh.D.として扱ってもらえるので例えばポスドクはやらせてもらえます。
Q: CEOになる人はどのような経歴の人が多いのですか?
A: バイオの場合技術の人は普通はCEOはやりません。バイオベンチャーというのは複雑ですから。小さい会社で事業開発やファイナンス等をやって企業内部の全体を見てきた人がCEOになるパターンが多いようですよ。
Q: 学歴というものの考え方に違いはあるのでしょうか?
A: 日本ではどこの学校、学部を出たかがずっとその人に付いて回りますよね。こちらでも勿論学歴というのは重要ですがそれはキャリアの一部でしかありません。こちらでいうキャリアのメインは職歴ですね。与えられた機会をどう生かしきって、数字で書ける成果をどれだけ出したかがキャリアです。そういう意味で学歴はその機会を得るための一つの要素と、そういう事ですね。
Q: 卒業してすぐにスタートアップの企業に入ることは可能ですか?
A: スタートアップの企業に新卒を雇う余裕はないと思いますよ。100人くらいの規模になったら少しはそういう余裕も出てくるとは思いますが。
Q: こちらでは就職しても3〜4年で転職する方が多いと伺ったのですがそれはバイオにおいてもいえる事ですか?
A: そうですね。退職や雇用を通じて社員が入れ替わることをturn overというのですが、1年間でturn overをする率はバイオの会社で3割位ですね。つまり3〜4年経つと会社のメンバーは総入れ替えになっているという事です。IT系では一時このturn over率が急激に高くなった時期もありましたが、バイオの業界ではずっと変わりなく3割程度ですね。ひとつの会社で満足がいく実績を出したら次の会社へ移るというのが普通ですが、どの程度で満足してよい実績かというのは自分しかわからないことなので、いつ転職をするかは自分で判断します。その辺の詳しいことはあるウエブページに私が寄稿してますので参照して下さい。
http://ad.imca.co.jp/bio/cgi-ka/html/weekly07.htm
Q: バイオ企業のスタートアップをシリコンバレーでやることの良さは何ですか?
A: ここにはトップレベルのものや人が集積しています。例えばアメリカの、製薬を除いたバイオ関連企業1,400〜1,500社のうち、半分がCaliforniaにあって、その更に半分がここシリコンバレーに集中しています。ここにはベンチャー企業を造る為の環境、つまり技術、お金、マネージメント等の人材が整っていますから。基礎研究をコツコツやるならどこでも良いでしょうけど、ここは常に新しいものが生まれるシステムができているんです。産学連携の場としても最高ですね。
Q: 日本の産官学連携は始まったといっても、学生の認識としてはPh.D.を取ったらアカデミックに残るとしか意識していないと思うのですが何故だと思いますか?
A: まだ始まったばかりだからだと思います。アメリカで最も優秀なTLOとされているMITからリタネルソン氏が日本に来られて、先日の京都の産官学連携推進会議で話して下さったのですが「私達もこういう議論をやったのよ、20年前に。」と言っていました。日本はまだまだこれからだと思いますね。
Q: シリコンバレーから帰った人が日本を変える動きは起きると思いますか?
A: なかなか起きにくいと思います。こっちで2〜3年過ごした人は皆目からうろこが落ちたように感じて日本を変えようと思って帰るのですが、その意見を聞く体制が日本にはありません。「やれ、アメリカかぶれめ」等と言われてしまって。それで結局外資系に務めるパターンが多いようです。

さすがに最近はまずいと思っている人もいて、グローバルに人材を募集する会社は制度にglobal standardを取り入れ始めています。日本経済が悪い中、トヨタ、ホンダ、武田製薬など、業績を上げている会社は海外事業展開をして欧米で伸びている所ですよね。更に今外国の企業が日本に進出してきて、流通等の産業は大きく変わり始めていますよね。悪く言えば日本産業の崩壊、良く言えばシステムの再編成が起こっているといえるでしょう。

Q: 話しが戻ってしまうのですが日本でバイオベンチャーが少ないのはどうしてだと思いますか?
A: バイオベンチャーで多いのは創薬等における長いステップのどこかの部分に特化して、その部分の技術等を製薬会社等の大企業に売るというビジネスモデルです。製薬会社から見るとこれだけ技術革新が早いと自分の所に研究チームを持ってR&Dをするより、必要なものを必要な時必要な分だけ得られるアウトソーシングの方が良いです。つまりコンペティションが激しいR&Dを効率化する最良の方法は、バイオベンチャーのシーズを買う事なのです。逆にベンチャー側からすると自分の所のシーズを買ってくれる会社が近くに多くあるここシリコンバレーは適しているというわけです。

アムジェンで10年間社長をしていたゴードン氏は京都での産官学連携推進会議でこう言いました。。「日本でバイオの新規産業を応援するにはハンディが多すぎる、買い手の会社がないしバイオとビジネスを結び付ける人もいない。」これは確かにそうだと思います。日本で一番の武田も世界では15位、R&Dの市場規模でいうと日本の規模はアメリカのそれからみたら5%程度ですし。車のように世界に引けを取らない産業なら良いんですが。もし本気でやるならドイツのように社会資本を大きく使ってやるべきですね。ドイツはそのおかげでcatch upしました。

Q: シリコンバレーで日本人ならではのメリットはありましたか?
A: あまりないですね、勿論、日本への、あるいは日本からのビジネスという立場で仕事をする場合は別ですが。一方、インド人、中国人の当地でのコネクションは凄いものがあります。
Q: 日本はバイオ産業をこれからどうした方が良いと思いますか?
A: 新しい技術を駆使して薬等を生み出すことはアメリカがダントツなので同じ土俵で戦うのは厳しいです。しかし日本人の強みを生かした産業もあると思います。例えばDNAというのは丈夫なんでとにかく早く調べてデータベース化、自動化して、それから人をガンガンに使って24時間かけて調べ上げたりしますよね。こういうのはアメリカが最も得意とする事です。一方蛋白質のように壊れ易いものの機能を探るような職人芸的な技術が必要とされる事は日本人が得意とすることなんです。
Q: 他にもありませんか?
A: 日本が強い産業をバイオに適用することが大切なのではないでしょうか。例えば精密機械やロボット開発は日本は強いですよね。それら異種領域との交流があるとそこから新しいシードが生まれるのではないのでしょうか。こういう環境はシリコンバレーにはあるのですが、日本はまだないので商工会議所などの大きな機関等が推進した方が良いんじゃないんでしょうか。
Q: しかし特許の権利等があってなかなか細かい話はできないのではありませんか?
A: .勿論、アメリカも特許に関する事では非常に慎重です。だから細かい話はできなくても良いのです。シリコンバレーでは既に社会に出ているものの融合に関してよく話されますし、そこから新しい会社のアイデアが生まれる事もよくあります。

また、Stanford大学等のMBAコースの学生は、それぞれが違うバックグラウンドを持った人達で、かつ社会での実務を5年以上経験済みの人なので、クラスの中で異業種交流ができます。こういう話は歳をとってからではなく若い頃からやる方が盛り上がりますしね。

Q: システミックス社を辞めてからはどのように過ごしていらっしゃるんですか?
A: システミックス社は私が辞める2年前に大手企業の100%子会社になりました。つまりM&Aです。M&Aはベンチャービジネスの成功の形で、私ももらうべき物はもらいました。それでこの家を買いましたし、今はお金のために仕事はしません。日本に行った時は仕事をしますが、こちらにいる時は1日の半分は仕事をしないで家族といる時間をなるべく長く取ります。忙しかった時に家族と一緒に過ごせなかったですから。ここでは家族を大事にする考えは強いですね。
Q: 家族観も違うのですか?
A: 違いますね。それに単純な家族関係にもリスクの取れ方の違いが現れています。というのは例えば日本の40代はまだ殆どsingle incomeですよね、でもアメリカでは殆どdouble incomeです。これだとどちらかがリスクを取れるでしょう?

日本はまだまだ遅れています。今お父さんだけが働いていて12時過ぎまで帰って来られないという状況ですよね。これからは女も同じ地位を持てるからといって、お母さんも12時過ぎまで帰って来ないという事が起きていますが、これでは家族崩壊です。

家族を犠牲にしてまで経済的な豊かさを求めるのではなく、もっと日本社会のあるべき姿を考え、豊かさとは何かを考えなくてはなりません。豊かさとは、私は人生のゆとりとファミリーだと思います。ファミリーといっても恋人、友人を含めた楽しく過ごすための個人としての人間関係ですね。本質はそういった社会の豊かさであり、人間の豊かさなのです。

インタビュアー感想 :池田森人

日本ではなかなか自分の成功を堂々と見せる事はできないのだと思いますが、本当に実力のあるものだけが生き残れるここシリコンバレーで成功を勝ち取った金島さんからは、その成功者の自信を見せていただく事ができました。これはまさに現代のアメリカンドリームだと思いました。そして、そのアメリカンドリームを生み出したシリコンバレーの魅力を再認識しました。また、日本を離れ世界レベルで活動なさっている金島さんが逆に今、日本に対して変わって欲しいとあつく考えている事が非常に印象的でした。

インタビュアー感想 :石戸 奈々子

今回は金島様のご自宅でインタビューをさせていただきました。まさにアメリカンドリームを自分の目で確認させていただき感動しました。日本人の先駆けとしてシリコンバレーで起業を経験された金島さんのお話は、その口調も言葉も、みな重みがあって心に響いてくるものでした。最後におっしゃっていた”豊かさ”というのは,今後の生き方を決めていく根本になるものだと思います。