日本の大学学部を卒業したのに、アメリカの大学学部を一年生からやり直したのは、アメリカを基礎から学びたい、という希望があったからです。アメリカの大学に入り直し、まず第一にショックを受けたのは、アメリカの大学と日本の大学の勉強に対するスタンスの違いです。「遊べる」日本の大学に対して、「勉強させる」アメリカの大学と良く言われますが、それが事実であることは明らかでした。それは、「在学中に社会で使える実力を身に付けてしまう」というのがアメリカの大学の教育目的だからでしょう。つまり、大学4年間とは、実際的な知識をハードに詰め込む時間だったのです。


最初のオリエンテーションで、「病気しても、授業には必ず行くこと。」とボランティアの学生が言ったことが冗談でないことは、授業がはじまった最初の一週間で分かりました。最初の授業で配られたシラバスと呼ばれる授業概要には事細かに授業の進め方と成績のつけ方が記されていました。そして何よりも目をひくのは、びっしりと並んだテストと宿題のスケジュール。授業のペースも速く、ちょっとサボっているとすぐに遅れをとってしまいます。試験内容も前日徹夜でなんとかなるというような甘いものでもありません。学期の終わりには、F(落第点)を取る学生も少なくありません。うかつにも沢山のクラスにサインアップしてしまった私は、睡眠時間を削って勉強するという方法でしか授業についていくことが出来ませんでした。しかし、悪い成績では、自分の進みたい専攻に残ることも難しくなってしまいます。夏休みも授業を取りつづけ、余暇もほとんど楽しめず、旅行は結局4年間で一度も出来ませんでした。
ふりかえって考えると、私の日本での学生生活は全くの反対でした。まず、クラスはほとんどサボり通しで、出席はほとんどが「代弁」。出席したのは、面白そうだった授業だけを趣味同然の目的で。金曜と月曜は学校に行かずに毎週4連休を4年間続けました。学生生活の80%はアルバイトと遊びで消えていったといっても大げさではないかもしれません。趣味の海外旅行はほぼ半年に一度、それも平気で2ヶ月とか遊び歩いている始末でした。たまたま顔を出してみた構造力学の試験内容は、なんと「自分の知っている構造力学の用語を10個書きなさい。(1個10点)。」最後は手を抜けるだけ抜いて適当に終わらせた卒業制作で、最優秀を取得して余裕の卒業を果たしました。
日本の高等教育の高さは世界的に評判が高い、というより「高すぎる」といえるかもしれません。日本の基礎教育は高校で完結していると言う人さえいるくらいです。大学受験というシステムは、その競争率を守るために年々難しくなっていくので、高校教育のレベルが上がっていくのは自然なことでもあります。加え、大学でそれ以上の勉強を日本社会が求めなていない理由があります。日本の多くの会社は、基本的に終身雇用をベースとしていたため、社員を「育てる」体質をもっています。つまり、実社会で使える技術は、大学でなくて、「会社」が教えてきたのです。結果的に、日本の大学教育は社会的にあまり重要視されていないのが実態であったのです。例えとして、ある証券会社では、4年制大学卒でも高卒でも、新社員はだれでも一般職であるOLからはじめさせるという方針をとっていたことを聞いたことがあります。
アメリカで大学3年生になって、専攻を絞りだし、専門性の高いクラスを受講しだすと、「社会で使える実力を身につけさせる」というアメリカの大学のもつスタンスがよりはっきりと見えてきました。専攻の授業は、あくまでも実社会に根付いたものです。建設を専攻した私は、不動産、建築、インテリア・デザインの学生達と共同で実際のプロジェクトの進め方を学びました。施主や建築家との争議の進め方や、法的な措置のとりかたを教えるクラスさえありました。スケジュール管理のクラスでは、どうやってCash Flowをポジティブに保つかというトリックを教えられ、マーケティングのクラスでは、会社のパンフレットを作成することから、入札業者に残るための手法さえ教わりました。予算のクラスでは、実際に建設された建物を使った現実の予算との比較。予算を計算した後は、実際の工事をシュミレーションするエクササイズで利益を最大化する工夫を教えられます。就職活動が始まりだし私の理解が正しかったこと再々確認されました。面接に顔を出すたびに、「Resource LoadingでCPMスケジュール管理が出来るか」とか「Life Cycle CostをCash Flowのチャートを利用して最小限にするスキルがあるか」「何億ドルの建物までなら正確に予算を建てる自信があるか」などとかなり実際的な質問をされます。図面を一式渡され、言われた情報をその中から見つけるスピードをストップウォッチで測られたことさえあります。さて、就職をしてみて、今度は私の理解が証明されました。初日から会社の期待は大きく、予算建てから契約書の作成まで、ありとあらゆる責任のある仕事を独自でこなしてきました。上司は一週間に一度だけ私の仕事の進行状態を確認するだけです。私の上司の口癖はこれでした。「We are paying for your knowledge and skill set.」