研究者の米国留学に関してJTPAに寄せられた質問に、米国理系大学院経験者の3名に回答してもらいました。
回答者
金島秀人さん 
中村孝一郎さん 
佐藤真治さん 


金島秀人さんの回答
当事者がすでに日本でPhDを持っているのであれば、米国でPhDを取ることは時間もかかり、無駄が多いと思います。ポストドクトラルフェロー、あるいは勤務先研究所からのVisiting Scholarのような立場で当地の大学に留学(2-3年)するのが現実的です。この場合は、直接留学希望の研究室のボス(Principal Investigator)とコンタクトをとることになります。その後、こちらで企業に就職する道が開けます。
米国でマスターをとりたい、ということであれば、留学に意味があるでしょう。通常2年で卒業できますのでリスクも高くはありません。その後同様にこちらの企業に就職する道が開けます。
学費免除や奨学制度は大学によって状況は異なり、その額や取得の容易さも異なります。取れることを前提にするのはリスクが高いので、2年分の生活費プラス一年分の学費くらいは自前で用意するほうが安全でしょう。大学のウエブページから調べるとある程度の情報はあると思います。
働きながら学位取得、ということに関しては、マスターコースはコミュニティーカレッジではそのようなコースがあります。スタンフォードのような大学にはないのでは、と思います。PhDは無理です。
ベンチャーなどの訪問は、肩書きの如何に問わず、1人で訪問しようとしても難しいでしょう。会社からみて訪問客にあう理由がありません。就職活動として、候補者になる、あるいは共同研究の可能性を議論するなど、会社サイドの誰かとアポがとれれば別ですが。 当地でよくあるパターンはシリコンバレーツアーのような団体企画の一環として、企業訪問(インテルなど)出来る可能性が一般的です。この場合は自分の希望する企業というわけにはいきません。
中村孝一郎さんの回答
この方の場合、
a)Ph.D.ホルダーであると仮定すれば、
勤務先研究所のvisiting researcherとしてこちらに来て、そこでネットワークを広げ企業就職の可能性を開くというのが最も現実的だと思います。私がまるっきりこのパターン(文部省から)です。在外研究員から帰国後、数ヵ月後に転職を決めた際には、国家公務員から民間企業への転職の通常の手続きに則って退職しました。手続きとともに、職場と良好な関係を保つというところには気を使いました。
現在、国立の研究機関、大学の独立行政法人化が進んでいるので、就労規定などの変更点に留意する必要があると思います。
b)Ph.D.がない場合、
所属省庁から授業料が出て、こちらでPh.D.を取る人がまれにいますが、その場合、帰国後にすぐ退職ということは不可能のようです。
Ph.D.なしでも、在外研究員で派遣される可能性があると思いますが、研究グループ内で、学生でもなければ、ポスドクでもない、という中途半端な立場になりかねないので、あまりお勧めできません。
それでも、“在外後”に狙いをつければ、いいのかもしれませんが。
大学やベンチャー企業に関しては、いきなり訪問というのは難しいでしょう。こちらで職を探すのに、現在の肩書きはそれほど重要ではないと思いますが、企業のニーズとこの方のスキルがよほどマッチしなければ、このご時世、就職を前提にした企業訪問は難しいでしょう。
佐藤真治さんの回答
このようなご相談に関して、私がいつもお聞きしたいのは、その方が最終的に何を目指しているのかということです。キャリアアップのためと書かれています が、働く場所や会社は別として、どのような職種、すなわち、どのようなスキルを身に付けたいのかを見極めておく必要があるのではないでしょうか。
なぜ、シリコンバレーに行く必要が あるのでしょうか。シリコンバレーに行くということだけが目的になるのだけは避けた方が良いと思います。
Ph.Dをお持ちの方がもう一度、同じ分野でPh.Dを取るというのはメリットよりもコストの方が大きいような気がします。Ph.Dを持たない方が将来研究者としてのキャリアを目指すのであれば、当然ながらPh.Dの取得には意味があることと思います。
昨今は、理系の Ph.Dを持った経営者も多くいらっしゃいますから、Ph.Dをとったからといって、必ずしも研究者やエンジニアにならなければならないとは申し上げませんが、もし経営者になりたいのであれば、最初からビジネススクールに行った方が適切に感じます。この点はこの方の年齢にも関連しますので、単純には決められないことだと思います。
アメリカ国内の大学がPh.Dの学生を取るということは、分野によりますが、多くの場合、何らかの形(TA、RA、Fellowshipなど)で学生達の学費、生活費をある程度支える目算があると理解して構わないと思います。もちろん、多少の不足は学生自身がまかなうことになるでしょう。その部分は、親に頼ったり、学生ローンなどからの借り入れすることになります。優秀な学生は企業やその他の団体から奨学金を受け取っていることもあります。ということで、Ph.Dの学生となるのであれば、多少の費用は自分でまかなう必要があるかもしれませんが、自分自身の最低限の生活は可能だと思います(扶養家族の多い方はまた別の考え方が必要かも知れません)。受け入れを行う大学はその辺りを考慮した上で、受け入れを決定しているはずです。なお、アメリカ国民に比べると外国人がアメリカで得られる金銭的サポートは少なくなります。
一方、TAやRAなどは自分の労働とひきかえに学費、生活費を出してもらうわけですから、当然ながら労働に時間を割かなければなりません。分野や授業にもよりますが、かなりの時間を割かなければならないことも良くあります。TAをやっている学期には自分は授業を取らないようにしているという人も少なくありません。まして、英語力が十分でなければ、その労働に必要な時間はより長くなることが考えられます。RAにしても時間を取られるということは間違いありませんから、Ph.D取得に必要な時間が長くなる可能性が出てきます。それなりの覚悟は必要だと思います。
実際の学生の生活を考えると、会社で仕事をしながらというのは事実上難しいでしょう。私の知る限り、そういう例は聞いたことがありません。Master の場合でも学校の理解がないとなかなか難しいと思います。スタンフォードでは学部によっては特定企業からのパートタイムのMasterの学生を認めています。通常はフルタイムの学生に比べて、50%から100%増の時間がかかります。これらの学部は授業の内容をCATVで参加企業に配信しており、その企業の社員でパートタイムの学生となった人の多くは、その放送を通して授業を受けることができます。もちろん、試験などの際にはキャンパスにやってくる必要があります。
就職に関しては、この方の今までのキャリア、お持ちのスキルに依存するとしか申し上げられません。どうしてもシリコンバレーで就職したいというのであれば、シリコンバレーの労働市場に詳しい方にお尋ねになるのが正解かと思います。就職のための訪問であれば、可能性のある就職先を選定した上で、その企業を訪れるというのが順序かと思います。